子供なのに老眼?! 近くも遠くも見えない子供の目を守るには?

「老眼」は40歳から。

のはずですが、10歳未満でも近くが見えない「老眼」の子が増えているそうです。

これはどういうことでしょうか?
その現実と予防法について以下にまとめました。

 

<広告>


「子どもなのに老眼」の2つのパターン

子どもなのに老眼と同じように「近距離のものが見えない」パターンは2つあります。

  1. 幼児期に視力が発達しなかった(弱視)
  2. 目の調節疲労(近見視力不良)

「弱視」とは
眼鏡やコンタクトレンズなどの矯正器具を使用しても視力が出ない状態を指します。
通常、裸眼視力が悪くても矯正視力が1.0以上であれば「弱視」とはされません。
生まれたての赤ちゃんの目はほとんど見えていませんが、成長と共に視力が発達し、幼児期〜6歳頃までに視力が発達します。でもこの頃に近くの同じものばかり見ていたりと、目に適切な刺激が与えられないと視力がうまく発達せず、弱視になることがあるそうです。
また遺伝的に強度の遠視があったり、斜視や先天性異常があったりして、視力の発達が阻害されるケースも同様だそうです。

 

「近見視力不良」とは
最近聞くようになった言葉です。遠距離のものは見えるので、学校の視力検査では正常と判断されて見逃されますが、実は近距離のものをはっきりと見る視力が足りないという状態を指します。

近見視力不良が起きるには、以下の条件があるようです。

  • 先天的な強度の遠視がある
  • 目のピント調整機能が低下している(目凝り)
  • ストレス性の一時的な機能低下

近見視力不良が見つかるのは、幼児期ではなく(幼児期には「弱視」と判断されるからでしょうか)、小学校に上がってある程度してから「実は手元がよく見えていない」という事実が発覚することが多いようです。

近見視力の不良が起きると「黒板の字は見えるけれど、ノートや教科書の字がよく見えない」とか「分度器の目盛りがぼんやりしている」など学校生活に支障をきたします。
どれだけ問題があるかというと、例えば漢字の形がはっきり見えないので、いわゆる「とめ・はね・はらい」や「日と目」を間違えたり、計算ミスが増える、音読の時に行を読み飛ばす、などが起きて「勉強ができない子」というレッテルを貼られます。

いわゆる「ビジョン(脳内視力)」とほぼ同じで、「正しく見えない」という目の障害なのですが、学校の視力検査では特に目に異常は発見されないので、親や先生からしたら「物覚えの悪い、頭のわるい子」と見なされてしまうという・・・。

 

「近くのものが見えない子ども」一体どうすればいい???

そんな何気に大問題な「近見視力不良」ですが、どうすれば改善されるんでしょう?

大人でもスマホをやり過ぎたら、目が疲れて近くのものが見えにくくなりますよね。
だから、子どもも同じです。目を休めることトレーニングをすることです。

本来、子どもの筋肉は若くて柔軟なので、目が疲れても休めてあげれば早くに機能を回復します。

なのですが、あまりに長時間同じ状態が続くと、脳が「近くはあんまり見えないものなんだ」と認識してしまい、もっとハッキリ見ようとする気を無くしてしまいます。

だから「本当はこんなによく見えるんだよ」と教えてあげることが大事なのです。

具体的には、目の一時的な凝りを取ってよく見えるようにしてあげるのが一番です。

  • 遠近の物体を交互に見る視力回復トレーニングを行って、目の筋肉をほぐしたり
  • 視力回復効果のあるツボを押して、血流をよくしたり
  • 近くが良く見えるようになる「老眼鏡」をかけたり

とにかく「見える!」という体験をするのが良いようです。

また、そもそも目凝りを起こさないよう、ゲームや勉強の時間は30分以内と決めて、目の休憩をはさむようにすることが大事です。

近くが見えなかったら、勉強も成果が上がらないし、
例えゲームだって心から楽しいはずありませんよね。

 

子どもの「老眼」は「見たくない」から起きている?!

40歳以上の老眼の大人向けに、視力回復やビジョントレーニングを推奨している中川和宏さんは、「40歳からの視力回復法」の本の中で以下のように書いています。

いまの子どもの視力が低下しているのは、質の悪い情報ばかり膨大に見せられるので、脳が拒否反応を起こしているのではないでしょうか。脳がいらない情報を認知しなくなっているので、脳内視力の低下を招いているのでしょう。
(途中略)
眼力は生命力につながります。どれだけ「見る力」があるか、それがあなたの人生を決めるのです。

ここで言う「質の悪い情報」とは、テレビやパソコンの画面上で見ることの出来る情報だそうです。
実際にその身では体験していないのに「行ったつもり」「見たつもり」で済ませてしまっているのが問題ということですね。

確かに、テレビやゲーム、Youtubeなんかで疑似体験は簡単に出来ます。
面白い体験が、わんさと電波で流れてきて脳を「刺激」するわけです。

そんな「刺激」をパンパンに詰め込まれた子どもの脳は疲れて
「SOS」

を出し、「見たくない」と拒否反応を示した結果が視力低下ということ。

 

脳は「実体験」と「疑似体験」をどう認識するか?

一説によると、脳はそれが「想像」などの「仮の経験」であっても「経験」として認識するらしいです。

だから「自己啓発書」ではアファメーション(自己宣言)として
「お金持ちになりたい」
という願望系の言葉ではなく、
「私はお金持ちです!」
などの完了・言い切り系の言葉で宣言して、脳や潜在意識をコントロールしてお金持ちという現実を引き寄せようとするんですよね。

ただ、この時のポイントとして「感情を伴う」という条件があるようです。

だから「私はお金持ちです!」と宣言していても、心が「本当は貧乏なんだけどね」と無意識にネガティブなことを感じていたら叶いにくい。
それこそが通常の人がポジティブ宣言をしてもなかなか叶わない理由だそうです。
余程の勘違いさんか思い込みの激しい人以外は「本当かな?」って理性が感じてしまいますから。

だからテレビやネットで他人の経験を見ても、「これは私の経験だ! 素晴らしい!」と感動を伴いながら体感しない限り、それは経験ではなく単なる情報なわけです。

触って・見て・匂いを嗅いで・口に入れて・耳で聞いて、などの「五感での体験」があっての経験よりは、実感のない経験になるのは当然のこと。感動も同じように薄くなるでしょう。

 

子どもの脳とゴミ情報の弊害

ただ、幼い子どもは基本的に純粋です。例えば、Youtube を見て
「すっげー! こんなこと私もやってみたい!」
と、すごく感動して実践してみたとします。

が、大抵の場合同じように再現することは出来ません。
映像上であれば可能な「過激な体験」は、大人が綿密な計画と計算の上で造られているのですから。

すると、試してみて出来なかった子どもはどう思うか?

「どうせ私には出来ない」
negative
そんなネガティブな感情が残るかもしれません。

もちろん同じ体験を再現出来るケースもあるでしょうが、所詮は二番煎じ。
最初に映像を見た時の感動よりは落ちるはず。実際に手で触って感じたとしても。

すると子どもは不思議に思います。
「あれ? 映像ではもっと面白そうだったけどな」

そして、次にこう思います。
「映像で見た方がラクで早くて面白いや」
と、妙にスレた子どもが出来るわけですね。

「ラクで早くて面白い」ってアンタ、主婦が家事に求める「ラクで早くて安い」じゃないんですから。

常に「過激な体験」を見ている子が「実際の体験」を物足りなく感じても無理からぬこと。

 生半可なことでは心の動かない無感動な子
 (目がキラキラと輝いていない子)

が生まれてしまうわけですね。

それこそ「目力ダウン」ですよ。

 

世の中に溢れるゴミ情報、意識してシャットアウトする勇気を持つのも親の役目。

tvkisei

子どもの脳が容量オーバーになって、大切な「生きる知恵」の入り込むスペースが無くなったり、「善悪や真偽を判断する視る力」が無くなったら、将来が悲しいですからね。

間違っても親が率先して「ほら見て! 衝撃映像だよ!」なんて子どもを誘ってたらダメですよ。

かく言う管理人も、誘惑につい負けてピコ太郎とか見たりするんですけどね。気をつけましょう。

 

目と脳のトレーニング(ビジョントレーニング)について参考にした中川和宏さんの書籍はこちら。

大判で簡単に全体像をまとめてあるので、わかりやすいです。

 


<スポンサーリンク>





サブコンテンツ

このページの先頭へ