目は大切にしたいけど、どうすれば大切にできるの?

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目は大切。わかっているけど難しい

「目は大切」ってわかっているのに、つい目の前のものを優先して酷使させてしまいがちですよね。

でも「喋れない」「耳が聴こえない」「目が見えない」この3つのうちのどれかを必ず選ばなくてはいけないと言われたとしたらどうでしょうか。喋れなくても、耳が聴こえなくても、目だけは見えていて欲しいと、多分ほとんどの人が願うのではないでしょうか。

何も見えない、光の無い世界では、他人の助けなしには生きていくことが出来ません。何かがあっても逃げることすら出来ません。生存競争的に一番不利だからなのではないかと思います。

スイカ割りをする時など、タオルで視界を遮った途端、平衡感覚も距離感覚も何もかもがあやふやになって、一歩前に足を踏み出すことすら怖くなった。そんな経験したことありませんか?目は身体を支えてくれていたことに気付きます。私たちは目からの情報に依存しているんですね。

 

ガラスの仮面のマヤになってみる

なのに、多少遠くのものが見えにくくても、一応物があるという判別くらいは出来るので、ついそれに甘えてしまうんですね。

「ガラスの仮面」で北島マヤが「奇跡の人」ヘレン・ケラーを演じた時に、彼女は目を包帯で覆って稽古をしていました。光のない世界。目を閉じることで、外界の余分な情報が入ってこなくなります。そして、耳や嗅覚、触覚が発達します。

たまにマヤのように目に頼らない生活をしてみるのもいいかもしれません。でも、単に部屋を暗くするのではなく、完全に使えないように目を何かで覆ってしまった方がいいと思います。そして怪我をするような危ないものは遠ざけてね。

目を開けたとき、色々な情報が目に飛び込んでくるのを感じます。光の眩しさも。目は好むと好まざるに関わらず、そこにあるものを全部脳に取り込んでしまうということを実感するはずです。人間は無意識に「見たいものだけ見る」ということもしてはいますが、それでも避けようのないものがほとんどです。

 

目と一生つき合うために

では、目を一生大切に使うためには一体どうしたらいいのでしょうか?

それは、意識をするしかありません。強い危機感を持つしかない。

  • ゲームをやり過ぎた。
  • スマホを長時間見てしまった。
  • 暗い所でマンガを読んでしまった。
  • 寝転がって本を読んでしまった

どれも、ついウッカリな出来事ですが、そのウッカリは「このくらいならいいかな」とどこかで許してしまっている自分自身がいるから。子どもだって親が何度も言えば、頭のどこかではきちんと理解しています。それでもやめられない中毒にかかっているようなもの。

中毒にかかった時、そこから立ち直れる人間と立ち直れない人間の違いは意志の力です。悪いとわかっているのにやめられない。でも、心から危機感を持ったら不可能なことでも可能になると私は思います。

視力が悪い人は、ある意味、チャンスを与えられているようなものかもしれません。目を大切にしなきゃと気付くきっかけ。

というわけで、私もちょっと休憩してきます。目を休めるには5分間仮眠もオススメですよ。詳しくは「1分お昼寝で視力を回復させられるか」をご覧ください。

短時間仮眠は目も脳も心も同時に休まるので、その後のお仕事がはかどります。これのおかげで、多少夜更かししてしまった翌日でも身体が持つようになりました。

 


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